日本教師学学会設立趣意書

日本教師学学会設立趣意書

1.本学会設立の目的

 本学会の目的は、これまで蓄積されてきた学校教育における教師研究の実践的学術的知見はもとより、学校教育以外の成人の教育、企業、芸能、技芸、スポーツ等様々な領域分野で行われてきた文化や技術、わざや知恵の伝承や人材の養成における「教える人=教師」に関するフィールドの知を交流し、結合することによって、新たな学際的学問としての「教師学」を確立することである。
 本学会は、シンポジウム、ワークショップ、研究会等を通じて研究と実践に関する情報交換を行う。また、研究および実践の成果の公表、利用、積み上げを促進することで、広い意味での「教師」に関する研究活動を意義づける。また様々な領域・分野で機能している「教師」の活動を理論的に裏付け、その成長を実践的に支援する。また、「教師とは何か」「教師はどう形成されるか」についての学術的、実践的アプローチを通して教育学、社会学、社会心理学等の既成の学問の質的充実発展に寄与する。

2.本学会の成立を促す社会的背景

 本学会の設立は、「教師」に関する実践と研究の体系化、すなわち「教える人=教師」を対象とする学問の成立発展を必要とする現代社会の情勢を背景としている。そのような「教師学」の成立発展を促す社会的要因の主なものは、概要次のようなものである。

①現代社会の高度情報化

 情報化の進展、価値の多様化の進む社会にあって、知識技術の高度化、多様化、総合化とそれに基づく、人間社会の複雑化、多元化、流動化は、広く文化の伝承と文化の創造的担い手の形成という課題を著しく複雑で困難なものにしている。いかに文化伝承と文化創造を統合的に行うかという課題は分野を問わず切実な課題となっており、その課題の担い手としての「教師」の役割もまた複雑化、高度化してきている。

②学問、芸術、文化の大衆化

 学問芸術の大衆化に伴い、専門家と一般人、玄人と素人といった境界が流動化し、これまでの「教育」が前提としてきた、ギルド的経験主義的な教育体制、「教師」の養成が見直され、新たな教育の概念、方法、制度が求められてきている。これまで各分野領域で行われてきたわざや知恵の伝承まで含めた広い意味での教育における引き継ぐべき内容を明確化しつつ、新しい時代に即した教師の概念と、その育成についての知見の体系としての「教師学」の成立が求められる。

③学校教育の相対化

 いじめ、非行、不登校、怠学、さらには授業そのものが成り立たない「学級崩壊」現象など、いわゆる「学校病理現象」が世間の注目を集め、教師の資質や教員養成のあり方が問われてきている。また塾の社会的「認知」や情報ネットワーク社会の出現は、学校というシステムがこれからの社会において果して機能し続けていけるのかという根本的な疑念が表明されている。
 こうした背景のもと、学校や教師には強い関心が寄せられているのであるが、しかしそこで語られる「教師」は「学校教育」の枠組みに強く結びつけられた「教師」である。例えば「カウンセリングマインド」を持った教師の養成、教育実習期間の延長、介護経験の取り入れなど様々な「提言」がなされているが、「教師とは」という問い返しを欠いて語られるため、「対症療法」的な不毛な議論に終わっている。

④学際的な協力の必要

 以上のように急激に情報化が進み、社会が多様化、多元化するといった人類の歴史に於ける未曾有の事態は、様々な分野、領域、機関の協力連携による問題解決を研究課題とする新しい科学、すなわち総合科学を成立させている。そうした、高度情報化の時代における人間社会形成ないし人間形成に与る「教育」の担い手(=教師)のあり方を問う総合科学としての「教師学」の成立が待たれる。
 学校教育に携わる教師以外にも師匠、講師、インストラクター、カウンセラー、学習支援者など様々な呼称で呼ばれる広い意味での「教師」がいる。また学校教育に基礎を於く「教師論」以外に、「リーダーシップ論」や「コーチ学」、「メントーリング」や「スーパービジョン」など、形は様々であるがやはり「教育」とは何か「教師」とは何かの問いを含んだアプローチがある。それらは成人の学習の特徴の解明、生涯発達という視点から整理、統合される必要がある。
 「教師学」を「教師教育」の狭い枠から解放し、新しい学として確立するためには、教育学はもとより、教育哲学、教育社会学、比較教育学、さらには哲学、技術論、社会学、臨床心理学、アンドラゴジーなど成人学習論、生涯発達論、芸道論などの既存の学問知見を生かした学際的な協力を必要とする。

⑤他の関連学会との関係

 本学会に近いものとして既に日本教師教育学会がある。しかしこれは主として学校教育における教師を対象とするものであり、またその養成・教育をどうするかといった問題意識で組織されたものである。本学会は「教師」を社会における「教える人」と広く捉え、「教師とは何か」の解明を直接の目的とする点で、既存の学会とは異なる。

3.本学会の設立にともなう効果

 本学会の設立は、次のような効果をもたらすと考えられる。

①「教師」に関する実践的知識の交流と共有

 これまで、各分野・領域で独自に、経験的に行われてきた「教師」と「教育」に関する実践的知識を交流することで、「教師」に関する総合的、普遍的な認識の元で、それぞれの分野・領域における「教師」の独自性と普遍性を明らかにすることができる。

②教育学の再編深化

 これまで学校教育という制度的な知の伝達に偏って語られてきた「教師」を広く歴史的、社会的、文化的広がりの中で相対化することにより、教育の概念、教師の概念の再編、深化をもたらす。それは学校教育の相対化と新たなパースペクティブの獲得につながる。

③高度情報化社会における人間形成の知見の獲得

 生産学習社会における人間形成に与る「教育」の担い手=教師のあり方を総合的科学的に問うことにより、文化伝承と文化創造の課題の同時的展開というこれからの人間社会形成の展望を得ることができる。